2006年3月

 

世界的ヴァイオリニスト、

ジェラール・プーレさんへの初のインタヴュー

 

by 青木日出男

 

通訳:川島余里(ピアニスト)

 

いろいろな方々の熱意のおかげで

 

──巨匠のプーレさんにお会いできて、とても光栄です。

 しかもプーレさんは、前世紀の巨匠たちのことも、よくご存知でいらっしゃいます。

 日本での活動の開始は東京芸術大学の客員教授でしたが、

 その経緯からお訊きしたいと思います。

 「私はいつも夢を持っていました。

 アジアの美しさというのはいつも日本そのものだと思っていました。

 それは若い頃から思っていました。

 自分が幼少の頃、日本というのは本当に本当に遠いところだと思っていました。

 もし日本に行くことがあったらどんなに美しいところだろうかと憧れたものです。

 それから私はヴァイオリンを習い育ちました。

 もしヴァイオリンが上手く弾けるようになったら、

 自分は日本にも行く機会がきっとあるだろうと考えました(笑)。本当の話ですよ。」

──では夢が叶ったということですね。

 「そうです。その夢を実現させるために、自分の人生のすべてをかけました。

 以前にも、京都に講習に来たり、毎年のように日本に来て、マスタークラスをしたり、

 個人のレッスンをしたりしていました。そのようなことで、日本との関係も強くなってきておりました。

 仙台国際コンクールにも審査員として参加していました。

 このコンクールは、仙台での本舞台の前に世界の各地でセレクションがあったのですが、

 パリでそれを行なったときにヴァイオリニストの宗 倫匡先生と岡山潔先生のお二人が

 審査員としていらして、初めてお会いしました。

 ちょうどその頃、私はパリ国立高等音楽院を定年になり、

 市立の音楽院やエコールノルマルの仕事も始めていましたが、

 これからは日本においてしっかりとした仕事をしたいと思っていました。」

──ちょっと確認したいのですが、市立の音楽院というのは正式には何という名称なのでしょうか?

 「CNRと書くのですが、コンセルヴァトアール・ナショナル・ドゥ・レジョン・ドゥ・パリ。

 つまりレジョンというのは地方、地域といった意味で、パリ地方の国立音楽院ということなのです。

 でも、パリ市のもので市立なのです。」

──ということは、国立のパリのコンセルヴァトアールと市立のコンセルヴァトアールと

 エコールノルマルの三つの音楽学校で教えておられたということですね。

 「ええ、順番なんですけれども、最後にエコールノルマルで教えていました。

 パリ国立音楽院においても、パリ市立音楽院においても、

 たまたまですが私のクラスの伴奏をしてくれたのがいつも日本人の女性でした。

 国立の方は金子洋子さんというとても素晴らしいピアニストでした。

 彼女とは十二年間も一緒に仕事をしました。

 市立の音楽院とエコールノルマルでは川島余里さんがクラスの伴奏をしてくれました。

 宗先生と岡山先生とに巡り会ったときに、ある思いを抱きました。

 日本に長い期間行くプロジェクトという夢を持ちました。

 具体的な方法は何も分かりませんでしたが、とにかく何とか日本に行きたいと思いました。

 幸運にも、岡山潔先生が、

 東京芸大の外国人の教師のポストが一年後に空くので私を推薦したいとおっしゃってくれました。

 その何カ月か後に私がたまたま京都に講習で行ったときに、

 東京芸大の弦楽科の教授であった清水高師先生からも同じ提案を受けました。

 その後川島さんは、先生方との間の通訳をはじめたくさんの手助けをしてくれて、

 決意をするにあたって大きな支えになってくれました。

 そういうことで皆さんのお気持ちが一致して私の日本での長期的な活動が実現したのです。

 本当に順調にいきました。

 自分の少年の頃の夢が叶ったという思いでいっぱいでした。」

──プーレ先生のような方が日本に長期で教えに来られたということは、

 日本にとっては、大きな財産だと思います。

 「私は仕事を心を込めてやっているだけです。

 すべて気に入っています。友達もたくさんできましたし、皆さんの勤勉さも大好きです。

 働くスタイルも……すべてのことが好きです。

 真面目さ、尊敬し合っている様子、友達もいっぱいいるし、生徒もいいし、気候もいいし、

 日本食も好きだし、とても元気だし、とてもいい印象を持っています。」

──プーレ先生が日本に来てしまったことは、パリの生徒にとっては残念なことだったでしょうね。

 「別に今生の別れをしたわけではありません(笑)。

 生徒がそのように思ってくれるのは嬉しいですが、

 ただ私の人生の中でとても大事な段階にいると思うのです。」

 私が評価するのは個性

──私は先生が審査員をされた仙台国際コンクールを聴きました。

 コンクールにおいてプーレ先生はどんなことを重視してコンテスタントを評価するのですか?

 「個性です。すごく意欲を持っている人を発掘したいです。

 オーケストラやピアノに伴奏されていたとしても、

 本当に一人のアーティストとして確立しているということが大事で、そのような人を発掘したい。

 例えば、笑い方とか、ちょっとした態度一つにしても、楽器の持ち方にしても、

 他の人でないその人だけのものを持っている、という人が好きです。

 調弦の仕方一つにしても独創性のある人が好きです。

 私は、皆と同じ、というのが嫌なのです。

 演奏だけではなくてどのようなことであっても何か一つ素晴らしいものをもっていてほしい。

 私はそういう人を見ると、その人の音をすごく聴きたくなるのです。

 私は聴衆の一人になります。ヴァイオリンの弾き方など何も知らない聴衆のように聴きます。

 その人が奏でてくれる音楽によって皆にどのくらい良いものをプレゼントしてくれるのか、

 というような観点で見ます。それは具体的には音の質であったりします。

 もちろんいろいろな欠点はあるかもしれませんが、

 だけれどもその欠点自体も受け入れられるようなもっとすごいものがあればいいし、

 むしろそういうものが欲しい。

 偉大なヴァイオリニストたちはたぶん懸け離れた才能を持っていた人たちだったと思います。

 でも彼らはたくさんの欠点も持っていたはずです。

 それは一つの個性と言えるかもしれません。

 偉大なヴァイオリニストは素晴らしい音で本当に太陽のような表現をしてくれる。

 自分にとって一番偉大なヴァイオリニストはハイフェッツです。彼は本当に神様です。

 彼の音は本当に独特だし、彼の音を私は心いっぱいに受けとめます。

 小さいときからハイフェッツの音は本当に好きでした。今ももちろん好きです。

 自分を魅了した人です。できるだけ近づきたいと思った唯一の人です。」

──お会いになったことはあるのですか?

 「個人的には会ったことはありません。

 でも彼がパリに来たときには全部のコンサートを聴きに行きました。

 いつも一番前で聴いていました。」

──プーレさんに対してもそのような熱烈なファンがいますね。

 「ええ、二人くらいいます。いつも第一列の真ん中で聴いてくれています。

 私はハイフェッツのようになったわけではないけれども(笑)。」

いつも完璧なシェリング

 「シェリングについてもお話ができます。

 シェリングは、ヴァイオリンと音楽とを本当に教えてくれた人です。

 二十年間、私は生徒でもあり、とても親しい友達でもありました。

 彼がオーケストラと話をしたりピアニストと話をしたりするいろいろな場面を見ました。

 彼は八カ国語を話すことができました。彼がそれを駆使するのを私は近くにいて見ていました。

 彼は、とても短い時間で一つの曲を仕上げ暗譜してしまうという才能を持っていました。

 楽曲を浚う過程で、どのようにすれば効率が良くなるか、ということを知っていた人だと思います。

 電車や飛行機の中でも譜面を読んで覚えていました。

 指を自分の体に当てて指使いも覚えてしまっていた。なんという集中力か、と思いました。

 本当にバランスのとれた素晴らしい人間です。

 五日間の連続コンサートがあったとして、

 五日間ともベートーヴェンやシベリウスを弾かなければいけなかったとしても

 全てを同じように完璧に演奏していました。

 私にはそれができない。私は、良い日もあるけれど、だめな日もある。

 情熱にも波がありますから、五日間まったく同じなんてことはできない。

 私は、いつも変化します。例えば、昨日練習したことが今日はまったく同じようにはできない。

 明日はまた変わる。

 だから時々は満足のいかない演奏もしますよ(笑)。」

――ご謙遜を。

現代のヴァイオリニスト

──ところで、現代では、

 多くのヴァイオリニストから個性というものがだんだん失われてきているように思いますが。

 「過去に比べれば、もの凄く多くのヴァイオリニストがいて、

 若くて才能の傑出している人も多いと思うけれど、

 偉大なパーソナリティを持った人というのは、過去に比べて少なくなったと思います。

 でも、偉大な個性を持った人は現代にももちろんいます。

 例えば、ギドン・クレーメルをあげることができます。彼はいわば誰にも似ていない。

 メニューインやスターンやミルシュタインに比べると、全然違った個性ですね。

 今あげた三人は、いつも問題意識を持って、ある意味、緊張感を持っていました。

 でも、レーピンは、すごい自信があって、何の疑問や不安も持たない。

 ヴェンゲーロフ、ヒラリー・ハーンといった現代のヴァイオリニストは、

 成功している運動選手みたいにすごい自信があって、

 コンチェルトを弾いたりするときにトーナメントみたいにやってのけてしまう。

 ツィンマーマンを私は現代のヴァイオリニストの中でも、とても評価しています。

 とても素晴らしい人です。パールマンも頂点かもしれません。」

個性を引き出すのは実は難しい

 「私は人の演奏を聴くときに、まずパーソナリティを聴きます。

 そしてどのくらい個性、オジリナリティを持っているのかを聴きます。

 自分の教えてきた若い生徒の中で、

 それぞれの子達のどこにその子の一番良いところがあるのか、どこに光が当たっているのか。

 そこを伸ばしてあげたいと思って、いつも探しています。

 でも面と向かったときというのは、本当に個性を引き出すということは本当に難しいことで、

 なかなかできることではありませんけれどね。

 本当に個性を持っている人は、十七、八歳くらいでも、それは表面に現われています。

 フランスではドミナントという言葉がありますが、この言葉の意味するところは、

 支配ということですね。個性のある人は、このドミナントの方の部類にいる。

 つまり受け身でない、ということですね。自発的に何でもできる個性ですね。

 ソリストであるためには、ドミナントでなければならない。

 こじんまり弾いている人はソリストではないです。

 例えば、ハイフェッツは本当に支配者的です。オイストラフはまだ少し丸みがある。

 いずれにしても支配される側ではなくて支配する側ですね。」

――アンサンブルとなると?

 「偉大なソリストは、リードできる。

 それがトリオであろうと、クヮルテットであろうと、ドミナントな人は支配することができます。

 私は、自分が弾くときに、

 オーケストラであろうとピアノであろうと、ただ伴奏されるのは好みません。

 それは絶対に面白くない。もっと互いにぶつかってやりたい。

 でも、弦楽器の方と共演するときは、個性が強すぎる人とはあまり共演したくないですが。

 私の方法としては、みんなの言うことをまず聴きます。そしてそれを現実にする。

 でも、コンサートの日はやはり自分がリードしている立場にある(笑)。」

――ご自身の『クライスラー珠玉の名曲集』では、巨匠の時代の演奏を彷彿させていただきました。

 プーレさんの演奏を生で聴くことが一番いいのでしょうが、

 それが適わない人は、CDを聴くことができるわけで有り難いですね。

 「これは私の日本での初めてのCDです。出すことができてとても嬉しいです。」

私が日本に来た

もう一つの理由

――ところで世界情勢についてどう思われますか。フランスでも暴動が起こったりして不穏です。

 「たぶん、予想されたことでしょうが、とても難しい時代の中で私達は生きているのだと思います。

 ヨーロッパのことについてお話しします。ヨーロッパの基本は今、一応は民主主義ですね。

 最後の戦争の後は、何かを皆でやること、一度は全部壊滅したかもしれないけれど、

 今度はみんなで協力して構築するという体制になってきたわけです。

 ヨーロッパ全体の統合の感じとしては、貧富の差をなくそうとしている感じはあると思う。

 社会が均等性を要求したのだと思う。それはとても良いことだと思う。

 でも、それは結局達成できなかった。

 新しい社会では、何かを許すと、そのことによって若い人達は悪い習慣をつけてしまう。

 第一に若い連中がしてしまうことは、尊敬を欠いた行動に出る。

 若い人達に何かをしてあげようと親切にしても、彼らはまず御礼を言わないでしょう。

 それが当然だ、みたいな顔をしていますね。それが社会に反映してしまうわけです。」

――日本でも似た状況があると思いますが。

 「でも、日本はヨーロッパほどまでには行っていないと思いますよ。

 まだ、日本は危険にさらされていない。

 ヨーロッパでは危険と隣り合わせです。例えば、許されないことを許している状況にあります。

 だんだん権威というものが崩れ、悪い層がのさばっていく。

 攻撃する側と攻撃される側があったとして、

 フランスの新聞をはじめとするマスコミは、攻撃する側を荷担しているときがある。

 政治に関わる人達は、法律で守られている部分でしか権力を行使できない。

 権威を振りまく政治力のある人が何かを言うと、国の全部の人達がそれに反対し始める。

 それは、オーケストラを振る指揮者が、何かを言うと、

 それは嫌だと全員のオケマンが言うようなものです。皆反論する。そういう風潮があります。

 社会というのは、手柄や功績のある人が、良いポジションをとっていくべきものですが、

 フランスでは、トップが誰かを昇進させるときに、家族だからとか、友達だから、

 といったコネクションでポジションを取り決めているようなところがあります。

 それはまだフランスの悪いところです。社会は腐っています。

 だから私は日本に来たのですよ。フランスの社会が嫌だから日本に来たのです。

 それは皆さんに言いたいことです。

 もちろん、それだけじゃなくて、

 他にも積極的な理由で日本に来たことは先にお話ししたとおりですが、

 フランス社会が嫌になったということが、日本に来た理由の一つであります。

 私は心を開いてお話ししたつもりです。通訳してくださった川島余里さんにはとても感謝しています。

 私が日本に来るためにいろいろ尽力してくださった天使のような方です。」

――貴重なお話有り難うございました。

 

 

クライスラー珠玉の名曲集

ジェラール・プーレVn 川島余理Pf.

 発売元:マイスターミュージック MM-1193

 収録曲:ウィーン小行進曲、中国の太鼓、ウィーン奇想曲、ロマンティックな子守歌、道化者、

       踊る人形(ボルディーニ作曲~クライスラー編)、シンコペーション、愛の喜び、

       愛の悲しみ、美しきロスマリン、マズルカ(ショパン作曲~クライスラー編)、

       ボッケリーニ風アレグレット、スペイン舞曲、タンゴ(アルベニス作曲~クライスラー編)

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